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2019/07/08

仮想通貨を考える

一年ほど前は仮想通貨のテレビCMを頻繁に目にしたかと思います。最近はかなり落ち着いた感があります。まゆつば物と毛嫌いされている方も多いと思いますが、実は日本は世界に先駆けて、仮想通貨の会計処理の基準が公表されるほど、仮想通貨先進国であるのです。

ここで、この仮想通貨が「通貨」である由縁を私なりに考えてみました。
①価値の測定ツールである(測定)
②交換手段として利用できる(交換)
③貯蓄手段として保有できる(貯蓄)

貨幣は上記性格を要しています。ただし、この3要件は利用者(国民・人類)が「信用できる」と共通の認識をもっていることが大前提となります。
例えば、円(日本銀行券)ですが、福沢諭吉の一万円が世界で通用するのは、未来永劫とは言わずとも、数十年間は日本という国は存在し、いつでも交換手段として利用できるという普遍的な交換価値を全世界の人が共有しているからです。テキトーな人が刷った紙切れや、財政破たんしそうな国の紙幣は価値のないもので、「通貨」にはなりえません。
しかし、日本はすでに負債が1000兆を超え債務超過に陥っていますし、米国も財政赤字は拡大するばかり、決して財政的な国家的信用力が高いとは言えません。それでも、円やドルが流通しているのは、利用者の「多分大丈夫」と思える共通認識があるからと思われます。利用者が「信用できる」と共通認識さえあれば、仮想通貨も「通貨」となりえる可能性は残るでしょう。

では、国家的(徴税権を前提に国民財産を調達できる権利)信用力がない仮想通貨が「信用できる」との認識を持たれるためには何が必要なのでしょうか。
①発行総量が決まっている(金と一緒、有限であるから価値があると思える)
②トレーサビリティがある(全取引は衆人監視のもとにあり、不正や隠ぺいが困難)
③無くならない(インターネットがある限り物質的に紛失しない)
が私の考える信用力です。現状の仮想通貨はほぼこれを満たす水準にあるといえます。
さらに利便性という面では
④送金が0秒
⑤送金手数料が格安
⑥為替リスクや換金手数料がない
が考えられます。

ここまでの前提では、「仮想通貨」が通貨として「信用できる」と思われる要件は十分のような気がします。
しかしながら、現状、仮想通貨市場は投機目的で売買されていることが多く、短期的価値変動幅は小さくありません。これでは、「測定」「交換」「貯蓄」といった、通貨の要件を満たしているとは言えません。不安定なものに信用はおけないのは当たり前です。
ただし、為替相場や金の相場変動も0ではないので、これらと同様の緩やかな価格変動期を仮想通貨が迎えるときは、「通貨」として流通する可能性はあるのではないでしょうか。無秩序な分裂や投機による乱高下が「仮想通貨」の評判をおとしめていますが、ITが普及し電子決済が主流となる世界では、仮想通貨が「通貨」の主役となる日もそう遠くないのではないでしょうか。


東本